こないだ出して没になった原稿ですが載せてみます。

32くま、9年半の月命日に寄せて

2008年9月8日、長年住んだ東京は練馬の住まいを引き払って下関の実家に帰ってきた。その日はかわいがっていたくまのぬいぐるみ34くま中32くまとお別れした日でもある。先日、9年半の月命日を迎えた。

ぬいぐるみだが私にとっては家族だった。音声担当は私だが、よくおしゃべりもした。 「人間さんはひとり、ふたり、って数えるんだから、くまさんは1くま、2くまって数えるんだよね!」といっていた。

元はといえば、幼稚園のクリスマス会で作ってもらったうさぎのぬいぐるみ「美加ちゃん」が私の妹がわりだった。私は二人兄妹の下の子だが、妹がほしくてほしくてたまらなかった。5歳児ながら漢字で「美加」という名前をつけ、美加ちゃんのおねえちゃんだから、自分のことをおねえちゃんと言っていた。先日亡くなった母も死ぬ間際まで私のことをおねえちゃんと呼んでいた。

美加ちゃんは白かったのでだんだん汚れてくる。外側が汚れてぼろぼろになると、外側をやりかえて「生まれ変わる」。東京に出てからも美加ちゃんとの暮らしは続き、生まれ変わらせるために宅急便で実家に送り、母が作りかえてくれていた。首を切って中身を出すので、残酷すぎて私にはできないのだ。

そんな美加ちゃんだったが、あるとき送り返したらもう戻ってこなかった。美加ちゃんからひとり立ちさせようという母心だったのだろうか。

それからしばらくぬいぐるみと話さない日々が続いたが、ある年ちょっとうさぎっぽいくまのぬいぐるみをみつけた。池袋にある百貨店の、おかいものクマだ。夏冬のバーゲン期間限定でぬいぐるみが売り出され、私は2001年から小クマを買うようになった。

小クマは、色つきの子と白い子がペアで売り出されていた。最初の年は、赤と白。赤いからあーちゃん、白いからしーちゃん、と名前をつけた。次の子はピンクのくまで「ぴんくま」略してぴんちゃんという名前をつけた。だんだん増えてくると「次の子をおうちに連れてきていいでしょうか」という「かぞくま会議」(くまの家族会議)が行われ、おにぃちゃんたち(先にいる子)の許可が出てから買いに行った。結局2007年夏まで毎シーズン買ってきた。

全員に名前をつけて、「もっとかわいがってくだしゃい!」という子もいたけど、みんなおんなじように好き、ということになっていた。美加ちゃんがいちばんで、あとの子はみんな美加ちゃん並みに大好き、ということになっていた。実はひいきしちゃう子とかあんまり抱っこしない子とかいたんだけどね。

2007年の秋には、フィットネスクラブの懸賞で当たった、豪華ホテルのお泊まりにも行った。エステとスパつき、ツインのお泊まりが当たったのだが、一緒に行く人がいなかったので、くまたちを全員連れて行った。ボストンバッグに詰め込んで。広いベッドの上でみんなで大はしゃぎした。

そして2007年の年末、うつ病の発作? なのか? 私が突然倒れる事件がおこった。年末年始は七転八倒していたので2008年の冬市のくまはとても買いに行けなかった。2007年夏のオレンジ色の子が最後になった。

その後一度は仕事に復帰したが、夏休みに回復しようと思ったものの思うようにいかず、後期の授業が始まる1週間前に休職を申し出た。そのときは東京に戻ってくるつもりだったが、迎えに来た父の判断で、東京の住まいそのものを引き払うことになった。

そうなるともうパニック状態である。長年住んでいたので荷物も多い。楽譜だけは死守したが、語学関連の本はほとんど全部捨てることになった。その荷造りはほとんど父がやってくれた。
そしてボストンバッグのくまを段ボールに入れようとすると、父が

捨てぇ!

という。そんなたくさん養えるわけはないだろうというのだ。
泣いて抵抗したが、「捨てぇ!」の一点張り。
そのうち、「1つか2つなら残してもええ」という許可がおりたので、浅田真央ちゃんから名前をもらった「まぉ」(黒いくま)と、焦げ茶色の「チャーリー」だけ残すことになった。ほかの子は45リットルの東京都推奨ゴミ袋に泣きながら入れた。

お別れする前の夜、袋から何くまか出してお話をした。

お別れなの? とぴんちゃん。
ボクたちのこと、嫌いになったわけじゃないよね? とミル。
えー!!!! とハリー。

あとの子とも話したかったけど、もうそこからは泣いちゃって話せなかった。

そして引っ越し当日はゴミの日でもあった。
悲しかったけど朝早くゴミ出し場に袋を自分で持って行った。

8時25分。収集車の音がした。

ひぃぃぃぃぃっっっっっ!!!!!!

と叫んだのを、今でも覚えている。

34くまのうち、まぉとチャーリーを除いた32くまは、その日死んでしまった。
収集車に連れて行かれた時点で命を失った。

それからはまぉとチャーリーだけ実家でかわいがるようになった。母もまぉたちを気に入ってくれた。
その後も夏冬のバーゲンでおかいものクマのぬいぐるみが売り出されたが、「おにぃちゃんたちに悪いから」という理由で買うのはやめた。

そして何年かたち、父が亡くなり、私の乳がんが発覚した時、高校の後輩がリラックマとコリラックマのぬいぐるみをくれた。まぉとチャーリーがぼろぼろになってきていることもあり、彼らも家族になった。その後、チャイロイコグマも加わった。

そして母も亡くなり

34くまいたおかいものクマは2くまになり、リラックマ一族が加わり
いまは5くまが「かぞくま」になっている。

32くまが亡くなってから9年半、ずっと私を支えてくれたまぉとチャーリー。
そして新しく仲間になったリラックマたち。

これからも仲良くしてね!

天国にいる32くまと美加ちゃんは、父と母のところに行っているだろうか。
幸せに暮らしているだろうか。

そんなことを思う、9年半の月命日だった。

まぉたち、これからもずっと、大事にするからね!
おねえちゃんをよろしくね!
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Kategorie:かわいいものとか, 17.03.2018 08:46 JST

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